夜の銀座に迷い込んだ日

次へ
Night


過去のトホホシリーズ、第一弾。


学校を卒業してから、音楽教室のピアノ・エレクトーン講師の仕事と、ホテルやお店などでの演奏の仕事を掛け持ちしていました。

しかし、世間は不況真っ只中。

ホテルやレストランも、真っ先にカットするのは生演奏で、仕事は減る一方。


そんな時見つけたのが、銀座の夜のお店でのピアノ奏者の募集。

世間というものを何も知らなかった私は、いつもの分厚い自作メロ譜と、「◯◯のすべて」系のBGM即興演奏御用達スコアを何冊か持ち、面接に向かいました。


住所を頼りにお店を見つけた時から、落ち着かない不安な気持ちは抱いたのですが、面接の約束をしていたのだから、ドアを開けて入るしかなかったのです。

中に入ると、そこには「ザ・女」といった感じの、華やかなホステスさんが二人。(キャバ嬢の雰囲気ではない)

担当者が来るまでソファに座って待つよう言われ、そうしたら、そのホステスさん2人の視線が怖いこと怖いこと。

文字通り、頭のてっぺんから足のつま先まで、ジロジロ品定めです。

それも「は?コレが?(注:コレ=私)」という侮蔑の冷たい視線。


なんという場違いな所に来てしまったのだろう、と、居た堪れず上着を羽織って謝って帰ろうとしたら、面接担当の方が到着。

一刻も早く逃げ出したかった私は、会うなり

「間違えました、すみませんでした」

と頭を下げて帰ろうとしてしまったのですが、面接の方は

「いいから座って」と。

そして

「とりあえず脱いで」と。


え?え?脱ぐ?脱ぐ?

いやややや、そんなつもりは。

私は女を売りにきたのではないですし、そもそも売れるような女度を持ち合わせていないことは十分自覚してるんですよ。脱ぐだなんて、脱ぐだなんて、そそそそそ、そんな目的では(滝汗)


と動転してあわあわしていたら

「脱いで、上着」と。


自分の壮絶な勘違いに、さらにテンパりながら、面接は始まりました。

なにしろ、その担当の男性、大柄でもゴツくも派手でもなく、逆に細っそりしていて話し方も静かなのに、只者ではないオーラが凄かったのです。

夜の世界の陰の真の帝王、というオーラです。

もはや私には恐怖と焦りしかありませんでした。

でもその帝王は、磨かれてもおらずどう磨いても光らない石ころの地味女に、きちんと一通りの面接をしてくれました。そのことについては本当に感謝の気持ちを抱いたのでした。

やはり大物は、どんな時でもすごいのです。



銀座周辺では、ホテルや小料理屋さんのようなお店などで演奏の仕事をしたことがありましたが、あの日の夜の世界は私にとっては異次元でした。

面接でピアノを弾くことはありませんでした。

私がお店に向いているタイプの女性だったならば、演奏のテストもあったのでしょうか?

わかりません。


この時の「自分はここにいるべきではない感」は、後にも先にも最強でした。